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『日本史随想』


  はじめに


 このエッセイ集は、これからは『日本史随想』に入ります。
 ここでは堅苦しい論文を書くつもりはありません。できるだけ分
かりやすく読みやすいものにしたいと思っています。
 しかし、だからといって内容は決して軽いものではありません。
どの項目についても、資料は十分に用意し吟味してありますし、無
理な推論やこじつけは厳に避けています。
 そのことはこの第一回の「海軍兵学校」篇を読んでいただければ
どなたにも理解していただけることでしょう。
 それでも、時には余りにも通説とは違う結論となっているものも
ありますが、それこそこの随想の狙いであって、その是非は読者の
方々の判断にお任せすることになります。


 今のところ、この随想で取り上げる予定のあるのは、約十編で、
そのうち現代史に関するものは今回のテーマである海軍兵学校など
旧日本海軍に関するものに限定しております。
 現代史については、ほかにももっと重要な項目が沢山あるはず、
という疑問の起こるのは当然予想しています。
 しかし、論文であれ随想であれ、現代史にはどうしても克服しな
ければならない決定的な障碍があり、それを克服したものだけが対
象にできるという宿命があります。          (下に続く)


 その障碍のひとつは、関係者がまだ生存しているという厳然たる
事実です。靖国神社やA級戦犯などのテーマは、遺族の方の心情を
考慮すれば、議論の対象とすること自体に憚りがあり、あえてその
事情を無視する神経は持ち合わせておりません。
 もうひとつは、まだ充分な資料が出尽くしていないという難点が
あることで、これは歴史の対象とするには致命的です。


  その好例がノモンハン事件で、昭和十四年に当時の満州とモンゴ
ルの国境地帯で日本陸軍と旧ソ連軍の間で勃発したこの戦いは、日
本軍惨敗という結論が当時から定着しており、これが重要な理由の
一つとなって、日ソ間で中立条約が締結されました。
 この条約に基づき、日本の南進政策が推進され、ついに太平洋戦
争となり、日米決戦に至った事情は周知の通りです。
 日本軍惨敗という結論は、戦後の反戦ムードの中では実に都合の
よい結末と見られたらしく、事あるごとに引用されたり、小説の題
材にされたりして、誰も疑問を感じませんでした。
 しかし、一九九一年のクーデターで旧ソ連が崩壊し、古い時代の
資料が公開された結果、当時の旧ソ連軍は日本の十倍の兵力を投入
していたことが判明、その人的損害は日本を上回り、航空機の損害
に至っては、日本側の墜落百七十九機に対し、千六百機以上を失っ
て、ほとんど完敗に近いことも分かりました。どうやら日本陸軍は
無敵日本を過信していたため、自軍の損害の多さに驚愕、ソ連側と
の比較を冷静に行わず、一方的に完敗との結論を出していたという
のが真相のようです。                (下に続く)


 このように、ごく最近の出来事であるだけに、却って事実判断が
難しいというのは、ほかにも多数あるはずなのです。
 その点に関しては日本海軍関係も例外とは言えません。まだ資料
に疑問があって、早計な結論が困難な項目は数多くあります。
 ただ幸運なことに、幾つかの重要な事項について、日本側と米
軍側の公式資料の対比が可能なものがあって、しだいに真相が見え
てきました。


 調べてゆきますと、日本海軍と米海軍の関係は、歴史上ほとんど
類例のない特殊なものであることが分かってきました。
 現代史は太平洋戦争を抜きにしては成り立ちません。
 そして、その太平洋戦争は、極論すれば日本とアメリカによる太
平洋の覇権争奪戦でした。旧日本海軍は史上最強の米海軍と激闘を
重ね、最終的にはその全艦艇を失い、刀折れ矢尽きて敗れたのです
が、その後海上自衛隊として復活しただけでなく、現在は米海軍の
最も信頼できるパートナーとして、太平洋、インド洋全域の守りに
貢献しています。


 どうして最大の敵が最高のパートナーとなったのか、これを突き
詰めてゆくと、その中心に海軍兵学校があることが明らかになって
きました。
 そればかりではなく、敗戦後ほとんどあらゆる分野で、大きな変
革を強いられた日本社会の仕組みの中で、唯一例外的にその伝統を
次代に継承するのに成功したのが海軍兵学校でした。
 なぜそれが可能だったのでしょうか。        (下に続く)


 絶対的勝者であったアメリカ海軍ですら、ついに侵すことのでき
なかった伝統とは、いったいどんなものなのでしょうか。
伝統が維持され、継承されるのには、そこに何らかの普遍的な価
値が存在するはずです。
 まずそれを訪ねましょう。その過程でどうやら日本の現代史の極
めて重要な部分に光が当たりそうです。

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